「東京都・足立16中人権侵害事件」とその後

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zoom RSS 三都議VS増田教員 準備書面

<<   作成日時 : 2007/10/13 17:03   >>

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平成19年(ネ)第2856号 損害賠償請求控訴事件
控訴人(一審被告)  土 屋  敬 之 外3名
被控訴人(一審原告)  増 田 都 子

  準備書面(1)

平成19年10月11日
東京高等裁判所第7民事部 御中

控訴人ら(一審被告)訴訟代理人
      弁 護 士  徳 永 信 一
     弁 護 士  勝  俣  幸  洋
            
         目 次
 
第1 本準備書面の目的と構成について ・・・・・・・・・・・・・・ 3頁
第2 原判決の基本的立場に関する原告主張に対する反論 
 1 はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3頁
 2 原告の授業と旧教育基本法との適合性について ・・・・・・・・ 4頁
 3 原告の授業と「憲法の立場」なるものについて ・・・・・・・・ 6頁 
 4 「減点」による脅しについて ・・・・・・・・・・・・・・・・ 7頁
 5 本件生徒が不登校に至った経緯に関する強弁について ・・・・・ 9頁
第3 「紙上討論の正当性」について 
 1 紙上討論の正当性に関する反論 ・・・・・・・・・・・・・・・ 10頁
 2 「原判決『前提事実ア』(原判決40頁)の検討」について ・・・ 14頁
 3 「紙上討論の意義」(20頁以下)について ・・・・・・・・・・ 16頁
第4 本件女生徒の不登校に関する強弁に対する弾劾 
 1 原告の主張 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19頁
 2 無理な強弁をしているのは原告である。 ・・・・・・・・・・・ 19頁
 3 東京地裁平成18年5月19日判決 ・・・・・・・・・・・・・ 20頁
 4 本件生徒の冷静な意見について ・・・・・・・・・・・・・・・ 21頁 
 5 自己の正当化に汲々とする原告の姿勢 ・・・・・・・・・・・・ 21頁
 6 根拠のない想像の弁解 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22頁
 7 無責任な責任転嫁 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23頁
第5 「原告の敗訴部分に関する検討」に対する反論 
 1 公益目的に関する批判に対する反論 ・・・・・・・・・・・・・ 23頁
 2 名誉毀損性に関する個別的批判に対する反論 ・・・・・・・・・ 24頁 
 3 違法性阻却に関する個別的批判に対する反論 ・・・・・・・・・ 31頁
第6 「プライバシー侵害について」に対する反論 
 1 原告の反論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35頁 
 2 守秘義務違反について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35頁
 3 本件各個人情報の入手が違法であるとの主張について ・・・・・ 36頁
 4 プライバシーと公的な事柄に関する個人情報の峻別について・・・ 37頁
 5 プライバシー保護と表現の自由との調整原理について ・・・・・・ 38頁
6 個人情報保護条例違反が争われた高裁判決と地裁判決について・・ 39頁
7 本件書籍の出版によるプライバシー侵害について ・・・・・・・・ 41頁

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第1 本準備書面の目的と構成について

 本準備書面は、原告の2000年7月30日付控訴理由書に対する反論を目的としたものであるが、本書第2において、原告がその控訴理由書の第1「原判決の基本的立場について」(1頁〜)で展開した主張について、それが根本的に誤ったものであることを明確にし、本書第3で、原告の控訴理由書の第2「紙上討論の正当性(97年足立16中における紙上討論授業を通して)」(8頁〜)に対する反論を行い、原告が行なった紙上討論授業の不当性を浮き彫りにしている。
 本書第4は、原告がその控訴理由書の第3「本件生徒が不登校、転校となった経緯及び原因について」(31頁〜)において強弁した理不尽な主張に対する弾劾を行い、本書第5では、原告控訴理由書の第4「原判決における原告の敗訴部分に関する検討」(40頁〜)において原判決が行なった個別表現に対する判断を批判した部分に対する逐次的反批判を行った。
本書第6では原告控訴理由書第5「プライバシー侵害について」(52頁〜)で示された原告のプライバシー侵害に対する基本的理解の誤りを指摘し、併せ、最高裁判決の分析に基づき、本件各記載によるプライバシー侵害の不法行為は成立する余地のないことを明確にした。 
 
第2 原判決の基本的立場に関する原告主張に対する反論  

1 はじめに
 原告の控訴理由書第1「原判決の基本的立場について」は、原判決が名誉毀損における違法性阻却事由の有無を判定する「前提事実」として認定した事実に関し、➀原告の授業が教育基本法・学習指導要領の趣旨に合致するものであること、➁原告の授業が日本国憲法に忠実な立場に立ってなされたものであること、➂原告がとっていた減点という手段が、教育上、必要かつ適切な場面でなされていたこと、➃本件生徒が不登校等に至った原因は、本件プリントの配布ではないこと等を論じて原判決を批判するものであるが、皮肉なことながら、いずれも原告の教師としての不適格性を自ら浮き彫りにしている。 
 すなわち、➀は自らの授業が旧教育基本法第8条1項が規定する「良識ある公民たるに必要な政治的教養」の涵養に役立っていることを自賛しながら、それが同法8条2項の政治的中立性の要請に反するものであることに無反省な原告の偏向教育(明かな偏向を偏向とも思わない無反省な教育)を、➁は政治的対立のある一方の立場を憲法に忠実な立場だと自称することによって、政治的中立違反を正当化しようとする頑迷なまでの独善性を、➂テストの「減点」までチラつかせて、生徒をコントロールしようとする強権的な言動、➃本件生徒の不登校の原因が本件プリントの配布ではなく、母親の攻撃的性格等にあるのだとして責任転嫁に汲々としてあくまで自己の正当化に固執する姿勢は、いずれも生徒の多感な心理や未熟な人格の成長に配慮すべき中学教師のものではなく、最も教師にふさわしくない唯我独尊を表すものである。  

2 原告の授業と旧教育基本法等との適合性について
 原告は、原判決において政治教育の重要性を規定した旧教育基本法第8条や当時の学習指導要領との適合性の問題について検討がなされていないことを指摘し、その必要性を主張する。
 いわく、原告の行なった紙上討論授業が旧教育基本法8条及び当時の学習指導要領に沿ったものであれば、かかる授業を進めている原告に対して、「偏向教育」「偏狭な思想」などという誹謗は全く不合理なものであることが明かとなり、基礎的事実の主要部分の真実性ないし相当性が原則として否定されることになるからである、と。
 そもそも原告の紙上討論授業に向けられた「偏向教育」「偏狭な思想」という本件書籍に記載された批判が真実ないし適正な論評であるかどうかと、原告の授業が旧教育基本法8条等に合致するかどうかは、まったく次元を異にする問題であり、上記主張の失当は明かである。
  しかし、原告の紙上討論授業が旧教育基本法8条に適合するとの主張は、放置できない瞞着を含んでいるため、敢えて反論する。
 旧教育基本法8条は1項で「良識ある公民たるに必要な政治的教養」の尊重を要請しているが、「米軍基地問題」、「戦争責任」、「従軍慰安婦」、「日の丸・君が代」、「象徴天皇制」、「自衛隊」、「日米安全保障条約」といった政治的対立の激しい題材として取り上げ、一方の政治的立場に立ち、「一般的に、自らの考えと同じ意見についてはこれを賞賛する一方、自らの考えと異なる考えに対してはこれを辛辣に批判するという姿勢をとってなされ、また、自らの考えが日本国憲法に忠実なものであり、自らの考えに沿わない考えは日本国憲法に反するものであるとするなど、一方的かつ反論を許さない態様」でなされた原告の紙上討論授業(乙64の35頁)が、果たして良識ある公民教育といえるかについては、原告の授業を受けた胡月証人が、象徴天皇制が憲法に規定されていることも知らなかったこと(胡月調書16〜17頁)からみても疑問ではある。
 そしてそれ以上に、露骨に共産党を礼賛し(甲1の213頁下段)、赤旗の記事を教材として多用する(甲1の15〜21頁)ばかりか、米軍基地の存在そのものを災厄だとし、自衛隊の存在に反対し、日米安保の廃棄を主張し、天皇の戦争責任を肯定し、日の丸・君が代の歴史を否定的に教え、従軍慰安婦の強制連行説を鵜呑みし、北朝鮮のノドンミサイルの脅威は、米国が流した噂だと断定し(乙1の1bQ)、天皇を「象徴さん」と揶揄する授業(甲1の212頁下段)が、一定の政治党派の主張に与するものであり、旧教育基本法8条2項が定める学校教育の「政治的中立性」の要請に真っ向から違反するものであったことは余りに明かであり、それが旧教育基本法の趣旨に沿うなどという主張は全くの詭弁であると言わざるをえない。
原告は問題とされている紙上討論授業が高い教育的効果を有するものであることが証明されば、原告の教師としての適格性が認められるというが、そもそも旧教育基本法8条2項に違反する「偏向教育」による教育的効果なるものについて、一体何をどのように評価して証明するというのだろうか。  

3 原告の授業と「憲法の立場」なるものについて
 原告は、その紙上討論授業が、旧教育基本法8条2項の政治的中立の要請に違反するものでることにつき、独特の論法をもって正当化しようとする。それは原告の立場は憲法の要請する憲法の立場であって、「政治的対立」のレベルの「特定」の立場ではないという奇怪なものである。
 すなわち、原判決が「原告が反米、天皇の戦争責任を肯定する立場、自衛隊の存在等に反対の立場で授業を進行し」ていたとする点につき、
 原告は、「あくまでも日本国憲法の根本原理である平和主義、国民主権、基本的人権の尊重、とりわけ世界でも類を見ない戦争のための軍備を全て放棄する、という憲法9条の平和主義の戦争否定に姿勢に基づいて、授業を進めてきたのである」と反論する。憲法に忠実であれば、政治的偏向の誹りは受けないという論法である。
 しかし、問題は第9条の平和主義にしてから、憲法に忠実な立場がなにかについて激しい政治的対立があるということである。原告は非武装中立こそが憲法9条に忠実な立場だというのであろうが、かかる立場は9条は自衛戦争を否定するものではなく、「自衛のための必要最小限の実力」としての自衛隊の存在を認める政府解釈(内閣法制局見解)に反するばかりでなく、「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然」とする最高裁判例(昭和34年砂川事件上告審判決)にも矛盾するものである。原告が与する立場は、「憲法の立場」などではなく、非武装平和主義をいう特定の少数政党(共産党、社民党)が奉じる政治的立場にすぎないのである。
 憲法の解釈において厳しい政治的対立がある場合は、ある憲法解釈を「憲法の立場」であり、正しい立場だとして押し通すこと自体が、政治的中立の要請に違反することになるというパラドックスに逢着するのである。
 原告がいう「憲法の立場」なるものは、決して政治的対立を超越・止揚するものではなく、むしろ多くは、激しい政治的対立の渦中に踏みこむことになる。それにもかかわらず、「憲法の立場」を主張するとどういうことになるかは、原告の紙上討論授業の実態がはっきり示している。
 すなわち、「原告の紙上討論における教育方法は、公立中学校の生徒を対象とするものであるにもかかわらず、一般的に、自らの考えと同じ意見についてはこれを賞賛する一方、自らの考えと異なる考えに対してはこれを辛辣に批判するという姿勢をとっており、また、自らの考えが日本国憲法に忠実なものであり、自らの考えに沿わない考えは日本国憲法に反するものとするなど、一方的かつ反論を許さない態様のものであったことが認められる」(乙64の35頁)という原告の偏った政治思想を押し付ける「唯我独尊」の「洗脳授業」であった。

4 「減点」による脅しについて 
 教室の王様である教師が、自己の考えを「憲法の立場」なるもので正当化するとき、誘導・押し付け・迎合という洗脳の危険が現実化する。生徒の感想文に辛辣なコメントを付したり、一方的な参考資料を多数提供したりすることもまた、それを後押しする手段となる。そして減点という措置をとることを公言し、原告の考えに逆らうと、減点という実際的な不利益を課されるかも知れないというおそれを醸成することにより、生徒らのさらなる迎合と服従を促すことになる。
 原判決は「原告は、生徒に対して減点という措置をとって」いたことを認定しながら、「その減点がどのような事情の下にどのような意見を述べた生徒に対してされていたかは不明であり、原告の意見と合わない意見の生徒になされたと認めるに足りる証拠はない」として第10表現による名誉毀損の違法性阻却を退けた。他方、原告は「乙第1号証の37、38枚目及び原審における胡月有倫の証言から明かなように、原告は他の生徒の勉強に迷惑をかける生徒に対して、2回までは警告し、それでも直らないときに『減点』という手段をとっていた」という。
 ところで本件書籍の末尾の資料編(甲1の210頁)には、「教科書に『スミ塗り』を強要し天皇を『象徴さん』と呼んで嗤った教師」というレポートが掲載されている。原告の授業を「すさまじい洗脳教育」だったという元原告の生徒による洗脳体験の告発レポートである。そこには内申書を握る教師に対する迎合を強いられる生徒の心情が述べられている。「クラスメートが少しずつ変な考え方に染まってゆくのがわかった。友達の中では陰で、『あいつ(増田教諭)は共産党だろう』などと言うものもいた。でも公民の授業で増田教諭の考えに批判的なことを言うものはいなかった。それは私たちが高校受験を控えた中学三年で、先生ににらまれて、それが内申書に響くのがこわかったからだ」。
内申書に関する生徒の心理は「減点」に対するものと同じである。「減点」という制裁は、それが具体的にどんな意見・言動に対してなされたかなどより、「憲法の立場」を僣称したり、辛辣なコメント等のマインドコントロールの手法と相まって、原告に逆らうと「減点」されるのではないかという漠然とした不安を抱かせることになり、自ずから原告に迎合・服従させる効果があることを見逃してはならない。そのことが「恐怖政治」の実態である。 
 本件書籍の第10表現は「何かあれば『減点』という『脅し』をかけられながら」は、原判決が認定しているとおり、原告が、教師という立場を利用し、生徒に対し、減点という制裁を課す脅しをかけながら授業を進めたという事実を摘示したものであるが、その事実の真実性は十二分に立証されている。原判決は、教育上、生徒に対して減点せざるを得ない場面も多々ありうることからすると、当該減点が制裁的になされたのか、正当な理由の下になされたかのか判然としない以上は、第10表現の主要部分についての真実性を認めることができないとするが、摘示事実からはみ出た事実についてまで真実性の立証を求める原判決の失当は明かである。また、そもそも、正当な理由があろうがなかろうが、「減点」は制裁的になされるものであり、通常の教育場面でテストの点等が「減点」されるのは稀であり、恣意的の誹りを免れず、それを原告のように予め公言してはばからないのはいかにも行き過ぎの感がある。生徒がそれを理不尽な「脅し」と感じていたことは論じるまでもないことである。
 そしてそうした「減点」の脅しは、現実に原告の意見に合わない意見の生徒になされたかどうかに関わらず、原告の意見に逆らうと辛辣なコメントによる批判を受けるだけでなく、「減点」の不利益まで受けるのではないかというおそれを生徒に抱かせることによって、原告に迎合する心理を醸成するのである。それが原告による生徒に対するマインドコントロールの手法の一つであったと解することは自然なことである。
  
5 本件生徒の不登校に至る経緯に関する強弁について
 原判決が、「本件生徒は、原告が本件プリントを配布したことを契機として、学校への通学を嫌悪する、もしくは女性教師を嫌悪する精神的状況に陥り、本件プリントの配布により思うように学校へ通えない精神的苦痛を受けた。」と認定したことに対する原告の反論も精彩を欠くものである(8頁上段)。
 同プリントを配布した後の原告の態度に接した本件生徒の「今まで辛い思いをしてきたから、増田先生にあやまってほしい。・・・増田先生が心から悪いと思った時、私ははじめて増田先生を許すことができると思います。」という陳述を含めて、同プリントが当該生徒の親に向けられていることだと明白に認識した時の生徒の衝撃を、原告は想像したことはないのであろうか。 
本件生徒が本件プリントの配布により、原告に対する憤りと恐れを抱き、その後の原告の独善的な振る舞いに対する思いも含めて原告を嫌悪する精神的状況に陥り、やがて不登校から転校にいたった事実こそは、原告が「人権侵害教師」であり、「教師不適格者」であるとする被告らの論評表現を正当化するものであるが、この点に対する原告の無理な強弁については、第4において弾劾するものとする。 

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