「東京都・足立16中人権侵害事件」とその後

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zoom RSS 三都議VS増田教員 準備書面6

<<   作成日時 : 2007/10/18 06:24   >>

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3 違法性阻却に関する個別的批判に対する反論 

(1) 第11表現について
原告は、本件プリント(乙1の1bP)の内容・表現について「あくまで中学生に対して理解しやすい言葉で書かれたものであって、その趣旨は『事実を知ることの重要性』を訴えたもの」(48頁)と弁解するが、通常人の感覚からすれば、「チクリ」、「セコイ」等のスラングを含む数々の揶揄的表現を用いて、「偏狭な(セコイ)思想の持ち主であり、区教委に密告(チクリ)電話や密告ファックスを送信するなどして、教師の教育内容に介入しようとする『アサハカな思い上がり』などと記述されたものを読めば、不快な屈辱感を感じることは否定しようのないものである。原告は、本件保護者をターゲットとして名誉を棄損しているのであって、その事実を知った本件生徒をして精神障害に追いやったことも明らかな事実であるから、その主要な部分において真実であるし、相当性も認められるのである。

(2) 第12表現について
原告は、「本件プリントの批判対象が本件保護者であるとは容易に認識できる状況になく」云々(49頁)と弁解するが、これも苦しい言い訳である。
本件プリントには、原告の授業に抗議した「親」については、「『沖縄の人はかわいそうだが、米軍は沖縄の人以上に大切なのでしかたがない』という思想の持ち主」と揶揄的に決めつけ、「親」が強い親米意識を有しているとの示唆を与えていることから、本件生徒がアメリカ国籍を有し、本件生徒とその親の姓が「ライオンズ」という特徴的なものであることからすれば、「親」が本件保護者を示していることは本件プリントを読んだ者にとって十分に認識できるものであったのである。このことは、本件生徒が、異なるクラスの生徒から、本件プリントでの授業を受けた後に、同プリントを見せてもらい、そのコピーを自宅に持ち帰っている事実からも明らかなことである(乙64の31頁中段参照)。

(3) 第14表現について
原告のこの点に関する反論は、自らの政治的立場をもって「憲法の平和主義」とか「国民主権の立場」という憲法自体が要請するものであるとの独善をいうものに過ぎず、原告のいう「憲法の平和主義」が自衛隊を否定するものであり、「国民主権の立場」なるものが象徴天皇制を消極的に評価するものであることから明かなように、対立する複数の政治的立場の一つに立って、自らの立場を絶対化・正当化するものであり、極めて政治的なものであることは明かである。
原告がしてきた授業の内容や指導方法をみれば、原判決の指摘した事実は、いずれも覆しようのない事実である。前述してきたように、原告は特定の政治的立場に立ち、自らと異なる立場の生徒に対しては、批判をし又は再考を促してきたことは明らかなのである(乙1の1bQおよびbP9白玉氏へのコメント、同bP4村松氏へのコメントおよび資料提供等々、原告尋問調書57〜58頁)。
繰り返しになるが、東京地裁平成18年5月29日判決(確定)は、「自らの考えと同じ意見についてはこれを賞賛する一方、自らの考えと異なる考えに対してはこれを辛辣に批判するという姿勢をとっており、また、自らの考えが日本国憲法に忠実なものであり、自らの考えに沿わない考えは日本国憲法に反するものであるとするなど、一方的かつ反論を許さない態様のものであったことが認められる」と正しく認定している(乙64の35頁)。

(4) 第17表現について
これも前述(3)同様、抽象的な反論にとどまるものである。被告が批判的論評を加えているのは、紙上討論という授業形態そのものではなく、紙上討論の名のもとに実際になされた原告の授業内容と指導方法の不適切さについてである。
また、「確信犯」という語句の持つ意味には複数あり、第17表現においてとられたその用法は、世間一般でも用いられている「トラブルなどをひきおこす結果になるとわかっていて、何事かを行うこと。」という意味において使われていることからすれば、その批判が的外れであることは明かである。
その余の指摘も、これまでに言及してきたことの繰り返しである。

(5) 第18表現について
主として、前述「2」で論じたことと同様であって、原告が、政治的対立のあるテーマについて、特定の立場から授業を指導してきたこと、またその指導の内容・方法において偏向・誘導・政治的独善が認められることは真実であって、被告らの表現は相当である。

(6) 第20表現について 
第20表現は、被告らが第19表現において「つるしあげ」という表現を用いて論評した事態について、「学校秩序を根底から覆す行為」ないし「恫喝」との論評を加えたものである。
原告は、自らの行動を「校内研修会の席上、元井校長のこれまでの対応を質したものに過ぎない」などと弁明するが、一人の校長対複数の教員という図式に変わりはなく、しかも原告は、「『良心の存在証明』をするよう機会を与えた」などというかつての左翼活動家の「総括」を彷彿とさせる発言をし、一方的な反省を求め、原告の要求に応じない校長に対し、解職、更迭を求めて「東京都人事委員会に措置要求をした」と言い放ち、「未来の校長先生は、この愚を繰り返されませぬよう、心からお願い申し上げます」と念を入れているのである。それは一人の校長を「厳しく非難する」「つるしあげ」そのものであるとともに、教職員の職務を管理し業務命令を発する校長に対し、教職員である自らの要求に従うよう強要するものであることから、正しく「学校秩序を根底から覆す」行動であり、それが強圧的雰囲気を伴う状況のなかで、人事委員会に対する措置要求の制裁を云々するものであることからすると、これを「増田教諭一流の恫喝」であると批判的に論評した被告らの表現は、その基礎事実において真実であるし、相当性を欠くものということはできない(乙23)。
なお、校長が原告の言動に対して「事故報告」を出していないことが、原告の上記弁解の根拠となるものではないことは言うまでもないことである。

(7) 第21、24表現について
主として、前述「2」で論じたことと同様であって、上記(3)、(5)と同様に、被告らの表現は相当である。

(8) 第25表現について
これも、上記(1)、(2)に論じたところと同様であり、その主要な部分において真実であるし、相当性も認められるのである。

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